☑️ 全銀システムの課題を抜本的に解決する新決済システムの基本構想
☑️ 双方向API通信や事前口座確認の標準搭載によるリアルタイム決済の実現
☑️ 2030年稼働に向け現行システムとの役割分担を段階的に見直すロードマップ
全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)は、国の決済インフラの将来像を描く「資金決済システムの将来像に関するスタディグループ(将来像SG)」の検討結果案を取りまとめました。1973年の稼働から50年以上が経過した全銀システムは、これまで安全性と効率性を両立してきました。しかし、レガシーアーキテクチャの限界や国際標準への対応など複数の構造的課題に直面しています。本稿では、これまでの全銀システムの高度化の歩みを振り返りつつ、2030年の稼働を目指す「新決済システム」がもたらすパラダイムシフトを紐解きます。

稼働から半世紀を迎えた現行システムの限界
全銀システムはこれまで、24時間365日の稼働を実現するモアタイムシステムの導入など、時代の要請に応じて機能拡張を続けてきました。直近では、2023年10月に発生した中継コンピュータ(RC)の障害対応や再発防止策を踏まえ、第8次全銀システム(2028年稼働予定)の開発要件を整理しています。あわせて、従来の接続方式であるRCから2025年11月に稼働を開始したAPIゲートウェイへの移行を含むロードマップが策定され、RCの廃止時期は当初の2035年から2032年に前倒しされました。
しかし、現行システムをベースとしたバージョンアップや新機能の追加は実質的な限界に達しつつあります。現行システムは固定長フォーマットを利用しているため、データ連携を視野に入れた国際的な送金電文標準(ISO20022)や、金融活動作業部会(FATF)勧告16改訂に代表される新たなマネーローンダリング規制への対応には膨大な開発コストと期間を要します。また、度重なる機能追加による設計の複雑化がシステム更改や維持費用の膨張を招いているほか、事前口座確認が必須とされていないことに起因する振込エラーの発生と、それに伴う人的リソースの費消など、社会的コストの高止まりも顕在化していました。

将来像SGにおける多角的な議論を通じて、現行の全銀システムを前提とした部分的な改修ではなく、新たな決済システムを構築する方が低コストかつ変化に柔軟に対応できるとの結論に至りました。Fintech協会の沖田貴史代表理事会長は、レガシーフリーで技術負債のない仕組みをつくる方向性を歓迎し、技術革新のスピードが速い現状においてシステムを変えないリスクが最も大きいと述べています。
レガシー脱却を図るアーキテクチャの抜本的刷新
新たに構築される新決済システムのコンセプトは、レガシーアーキテクチャからの脱却と新たな利用者ニーズへの対応を中核に据えています。アーキテクチャを抜本的に刷新することで設計の複雑化を解消し、スキル継承や人材育成の継続性を確保するとともに、万が一の障害発生に備えたレジリエンスを強化します。長島・大野・常松法律事務所の井上聡弁護士は、従来システムからの連続性を前提としない新決済システムを志向できる貴重な機会であり、中途半端な着地にならないよう意識して検討を進めるべきだと提言します。

技術面では、システムの柔軟性や運用効率を最大化する観点から、クラウドサービスの活用を基本とし、必要に応じてオンプレミスとのハイブリッド構成も選択肢に含めます。開発にあたっては、海外の先進的なファストペイメントシステム(FPS)で実績のあるソフトウェアパッケージの活用を検討し、国内独自の要件はアドオンで開発するアプローチも視野に入れます。インターフェースにはISO20022等の標準電文フォーマットやAPI仕様を採用し、将来的な拡張性や他システムとの連携容易性を担保する設計です。
双方向API通信と事前口座確認の標準化
新決済システムが提供する最大の価値は、真のリアルタイム決済の実現とフロード(詐欺)対策の強化です。稼働当初のDay1から、誤送金や詐欺リスクを低減するため、送金前に受取口座の有効性や名義をリアルタイムで照会する「事前口座確認機能」を標準機能として搭載します。現行の全銀システムによる振込において、受取人口座確認機能はNTTデータが提供する統合ATMスイッチングサービスなどにより実現されていますが、利用は任意であり非効率が発生していました。新システムではこれを標準機能として提供し、参加金融機関の振込エラー発生を大幅に抑制します。
さらに、APIをベースとしたメッセージの双方向通信化により、取引ステータス照会やエラー時の即時対応が可能となります。送金完了時に即時で結果を通知する「入金結果通知機能」も標準搭載され、企業の未払リスク低減や消込業務の自動化(STP化)に直結します。また、新決済システム内にProxyディレクトリを構築することで、携帯電話番号や電子メールアドレスを指定して送金できる「エイリアス送金」の導入も計画されています。将来的には、QRコード送金や支払リクエスト機能の追加実装も見据えた柔軟な構造を持たせます。

決済周辺システムの統合とデータ利活用基盤への進化
新決済システムは、分散している決済周辺システムの統合も目指します。例えば、全銀電子債権ネットワーク(ZEDI)の機能を新システムに集約することにより、全体の運用コスト削減を図ります。ZEDIのあり方については廃止も選択肢として検討されます。また、複数のサブクリアリングシステムにおける銀行間決済についても、新決済システムに代替の選択肢を持たせ、わが国の決済インフラ全体の最適化を展望します。ことらの川越フェローは、新システムにおけるオールバンクのネットワークスケールを早期に実現することが成功の鍵であり、参加金融機関の接続コストの抑制が不可欠であると指摘します。
データ利活用の基盤としての役割も極めて重要視されています。ISO20022ベースの電文に格納される情報を分離し保管する「リッチデータストレージ」を構築することで、参加金融機関の対応負担を軽減しつつ、フロード対策の高度化や企業間の商流データ連携を後押しします。NTTデータ経営研究所の山上聰フェローは、銀行ビジネスがデータ利活用を軸としたプラットフォーム型へ移行しつつある現状に触れ、新決済システムが銀行間決済のハブからデータ利活用のハブへと進化することに賛同の意を示しました。三菱UFJ銀行の上野義明取締役常務執行役員も、どのようなデータインフラが必要でどう活用していくのか、国全体で議論しコンセンサスを形成した上で新決済システムの位置づけを検討していく構えを見せます。

プレファンドRTGS方式の導入検討と新技術への拡張
安全性と効率性のさらなる向上を目的に、資金清算および決済の仕組みも見直されます。現行の全銀システムは、1件1億円未満の小口決済において時点ネット決済(DNS)方式を採用していますが、24時間365日稼働を前提とする新システムでは、米国RTPなどで採用されているプレファンドRTGS方式等の新たな資金決済方法が参考にされます。参加銀行が事前に決済用共同口座に資金を充当し、システム内部の仮想口座間で即時決済を行うこの仕組みは、日銀ネットの稼働時間外でも継続的な処理を可能にします。日本銀行の武田直己決済機構局長は、決済資産の性質やファイナリティのあり方など、法的安定性の確保に関する慎重な検討を求めます。
また、分散台帳技術や預金のトークナイゼーションの進展を見据え、ステーブルコインやトークン化預金への拡張性も確保します。新決済システム本体に発行や償還の機能を設けることは現時点で想定していないものの、異なる銀行間でのトークン化預金の円滑な授受に対応できるよう、電文の開発や内容変更に柔軟に対応可能なシステム設計とします。明治大学の小早川周司教授は、伝統的な銀行サービスと分散台帳技術を応用した金融サービスという2つのレールを支える基盤を整備できなければ、銀行システムが取り残されるリスクがあると指摘し、トークン化経済の進展に備える重要性を説きます。

多様な決済プレーヤーの参画とクロスボーダー送金の改善
新システム構築の方向性に対し、有識者会議では総じて賛同が示されたものの、実現に向けた多様な意見も交わされました。日本資金決済業協会の家根田正美専務理事は、全銀システムへの資金移動業者の加盟実績に触れつつ、新たに構築される決済システムが預金取扱金融機関以外の資金移動業者などにとっても実用的な選択肢となり得る基盤となることを強く要望します。
TMI総合法律事務所の葉玉匡美弁護士は、レガシーシステムから切り離された新システムを構築する以上、国際標準への準拠と海外送金の容易化を必ず実現すべきであると指摘し、海外の金融機関に対しても一部機能を提供することで日本のプレゼンス向上に寄与する可能性を示唆します。三井住友銀行の高松英生取締役兼専務執行役員は、類似機能を持つ決済システムの乱立回避による接続コストの低減や、厳しいデータガバナンス規制を踏まえた対応の必要性を強調し、実務面での着実なステップを促します。
2030年稼働に向けた段階的移行と実務への波及
新決済システムは、決済システム間のインターリンク網(Project Nexusなど)の進展やFATF勧告16改訂への対応要請を念頭に、2030年度の稼働開始(Day1)を目標とします。当面のあいだは決済インフラの安定性を堅持するため、現行の全銀システムとの併存を前提とし、稼働時点では現行システムに原則として手を加えません。稼働当初は送金金額に上限を設ける方向で調整が進められます。金融庁の若原幸雄審議官は、2030年のローンチを実現してこそ新たな付加価値を届けることができると述べ、実現に向けた関係者の連携を後押しします。
全銀ネットは2026年度前半にRFIを発出して要件と論点を洗い出し、年度後半のRFP評価を経て、2026年度末には新決済システム構築の是非に関する最終的な意思決定を下します。その後、2033年度にはチェックポイント(Day2)を設け、送金上限の引き上げや追加機能の実装、国際送金対応の是非を再評価します。最終的には、2038年度の第8次全銀システム機器更改のタイミング(Day3)に合わせて、全銀システムの縮退または新決済システムへの完全移行といった役割分担を完了させる計画です。

半世紀にわたり日本の金融システムを支えてきたインフラが、抜本的なアーキテクチャ刷新へと踏み出します。既存システムとの連続性をあえて断ち切り、国際標準とリアルタイム性を前提とした新たな基盤を立ち上げる決断は、肥大化した維持コストの削減と技術的負債の清算に向けた転換点となります。まずは2026年度末の構築是非の判断に向け、各金融機関の移行負担を極小化する接続支援策の具体化や、資金移動業者を含む多様な決済プレーヤーを巻き込んだ利用ルールの策定が進行します。
発表日時: 2026年3月19日
関連URL: https://www.zengin-net.jp/zengin_net/pdf/260216_paper3.pdf
