☑️ 対面取引における写真付き身分証のICチップ読み取り義務化
☑️ 日本に住民票を持たない外国人や法人代表者への厳格な対応
☑️ マネー・ローンダリング対策強化に伴う対面業務プロセスの刷新

警察庁をはじめとする8省庁は2026年3月6日、マネー・ローンダリング対策を強化するため、「犯罪収益移転防止法施行規則」の改正命令を公布しました。今回の改正で最も注目すべき点は、金融機関などの事業者が「対面」で顧客の本人確認を行う際、マイナンバーカードや運転免許証に内蔵された「ICチップ情報の読み取り」が原則として義務化されたことです。店舗窓口や営業担当者の訪問時など、対面取引において精巧に偽造された身分証によるなりすまし犯罪を未然に防ぐ明確な狙いがあります。施行される2027年4月1日までに、各事業者は対面業務の手順やシステムの抜本的な見直しを迫られることになります。
対面取引におけるICチップ情報読み取りの原則義務化
今回の規則改正の核心は、偽造・変造された身分証を用いたなりすまし犯罪を物理的・技術的に完全に封じ込めることにあります。改正後のルールでは、個人の顧客と対面で本人確認を行う際、ICチップが内蔵された身分証(マイナンバーカード、運転免許証、在留カード、特別永住者証明書、パスポートなど)の提示を受けるとともに、専用の装置を用いてICチップ内の情報を読み取り、画面に表示させる手法が厳格に定められました。事業者は、読み取った氏名、住所、生年月日、写真などのデジタル情報と、物理的な券面に書かれた情報を目視などで厳密に照合することが強く求められます。万が一読み取ったデータが「●」などで一部判読できない例外的な場合であっても、券面情報とICチップ情報が一致していることが合理的な範囲で確認できれば、当該書類を用いて本人確認を行うことが可能とされています。また、読み取りによって身分証が偽造と判定された場合には、速やかに警察等へ通報する対応が求められます。
実務上、すべての書類に写真データが保存されているわけではありません。たとえば、16歳未満の外国人が持つ在留カードや特別永住者証明書、1歳未満の乳児のマイナンバーカードなどは、写真が登録されていないICチップ付き書類として扱われます。また、身体障害者手帳や運転経歴証明書など、そもそもICチップが組み込まれていない写真付きの身分証を提示された場合の対応要件も細かく定義されており、事業者は顧客の提示物に応じた柔軟かつ正確な対応フローを構築する必要があります。
とくに現場での注意を要するのが、対面でパスポートを取り扱う場合です。2020年2月3日以前に発行されたパスポートには所持人記入欄に住所の記載があるため、ICチップの読み取りと併せて単独での住所確認が成立します。しかし、2020年2月4日以降に発行されたパスポートには住所の情報が記録されていないため、対面時に顧客から住所の申告を受けるだけでなく、発行から6か月以内の住民票の写しなど、住所が記載された別の書類を追加で提示・送付させることが必須要件として明記されました。

さらに、引越し等で住所変更を行い、運転免許証や在留カードの裏面に新しい住所が書かれているものの、ICチップ内の情報が古い住所のまま更新されていないケースも想定されます。この場合、対面時に券面に書かれた新しい住所を現在の住所として確認するとともに、ICチップ内の古い住所データと券面表側の古い住所表記が完全に一致することを照合することで、身分証としての真正性を担保する実務運用が定められています。なお、営業先などで読み取り端末の不具合が生じた場合には、後日合理的な期間内に読み取りを完了させることで取引時確認を成立させることが認められています。

日本に住民票を持たない外国人や法人代表者への対面確認
今回の法改正では、国内の居住者だけでなく、短期滞在者や外交官など日本国内に住民票を持たない外国人に対する対面での本人確認手法も明確化されました。こうした外国人が来日した際や、在日外国大使館の特命全権大使との取引などにおいて、外国のパスポートを用いた対面確認が行われることが想定されます。
外国のパスポートはICチップの仕様が国際的に統一されておらず、国内の事業者が一般的な装置ですべての情報を読み取ることは技術的に困難です。そのため、住民票を持たない外国人であることがパスポートのスタンプ(証印)や在留資格等で明確に確認できた場合に限り、例外措置としてICチップ情報の読み取りを必須とせず、写真付きの身分証の提示のみで対面での本人確認を完了させることが認められました。ただし、入国時のスタンプの確認を徹底するなどして、不正行為が行われないよう最大限の配慮が事業者に求められます。

一方で、国内の法人顧客との取引における代表者個人の本人確認については、一切の妥協が排除されています。法人の代表者等であっても、個人の対面確認と同様に偽造リスクが存在することから、代表者個人のICチップ付き身分証の提示と、そのICチップ情報の読み取りが必須化されました。仮に代表者の身分証としてICチップを持たない書類の提示を受けた場合は、代表者の住所宛てに転送不要の郵便物を送付するなどの厳格な手順を踏む必要があります。

対面現場からの懸念と政府が提示した代替措置
2025年12月5日から2026年1月3日にかけて実施されたパブリックコメントでは、事業者や関係団体から88件の意見が寄せられました。ICチップ情報の読み取り義務化による取引の安全性向上を歓迎する声がある一方で、対面取引の実務現場の混乱を危惧する指摘も相次ぎました。
最も多かった懸念は「窓口や訪問先で顧客がICチップの読み取りを拒否した場合や、事業者の読み取り端末にトラブルが生じた場合に、取引が止まってしまうのではないか」という点です。対面現場からは、別の身分証の提示による代替措置を認めてほしいという切実な要望が出されました。
しかし、警察庁および関係省庁はこうした要請を明確に退けました。ICチップ情報の読み取りを拒否する顧客が、精巧に偽造された別の書類を用いて対面でのなりすましを図る事案が想定されるためです。政府は回答の中で、ICチップ読み取りと同水準の信頼性を確保するためには、住民票の写しの提示を受けた上で取引関連の書類を転送不要の郵便等として送付するといった、既存の補完的な手法を用いるべきであると明言しました。顧客の端末トラブルといった例外的な事態においても、安易な目視確認へのダウングレードは許容されません。

また、施行日である2027年4月1日より前に、すでに現行のルールで対面等の本人確認を済ませている既存顧客については、施行後に改めてICチップ情報の読み取りをやり直す必要はないとの見解も示され、既存顧客を抱える金融機関のコスト負担には一定の配慮がなされています。
デジタル機器の整備と記録保管の効率化
対面でのICチップ読み取り実務においては、専用のシステムや機器の仕様が大きな課題となります。営業担当者が顧客を訪問して本人確認を実施する際、顧客が用意した非公式の読み取り装置や不正に改造された端末を使用することは禁止されています。不正なプログラムを使用したなりすましを防ぐため、事業者が提供する装置やアプリ、あるいは事業者が準備した専用スマートフォンを使用することが厳格に求められます。
ただし、利用できるアプリは省庁が直接提供するものに限定されません。地方公共団体情報システム機構が提供する専用ソフトやデジタル庁の「マイナンバーカード対面確認アプリ」に加え、法令の趣旨を満たし、偽造によるなりすましを防ぐ機能を持つと合理的に認められるものであれば、民間企業が開発したツールやアプリの利用も広く認められています。対面取引においても公的個人認証を活用することが可能とされており、事業者の選択肢は広がっています。

対面確認手続きの記録保管についても新しい方針が示されました。事業者は身分証の提示を受けた日付や時刻などを正確に記録する義務がありますが、ICチップから読み取ったデジタルデータそのものや、システム上のログ、画面を紙に印刷したものを証拠として法定保存ファイルに残すことまでは求められていません。たとえば、専用の確認アプリの履歴画面に表示される確認時刻を記録台帳に記載することで、物理的な券面のコピー取得を省略できるなど、デジタルツールを活用した業務効率化の余地も残されています。

また、なりすましリスクが高いとされるハイリスク取引においては、過去の取引時の本人確認で用いた確認書類に加えて、異なる本人確認書類を少なくとももう一つ用いることが求められます。たとえば、以前にマイナンバーカードのICチップ読み取りで確認を行った顧客に対し、ハイリスク取引発生時には対面等で運転免許証の券面情報を追加で確認するといった二重のチェック体制が求められます。

対面業務の転換と実務への波及
今回の規則改正は、窓口や営業訪問といった「対面」の本人確認プロセスにおける「目視への依存」からの完全な脱却を意図しています。事業者に与えられた準備期間は約1年です。この期間内に、営業現場で使用する端末のアプリ開発や、対面窓口でのオペレーション改修、ならびに全社規模での業務マニュアルの刷新を完了させなければなりません。
法改正はマネー・ローンダリング対策の重要な一歩ですが、対面現場におけるICチップ読み取りの原則義務化という強い措置が、金融サービスの利便性と防犯性のトレードオフをどうクリアするかが今後の焦点となりそうです。
発表日時: 2026年3月6日
関連URL:
https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000308768
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/260306/anbun.pdf
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/data/260306qa.pdf
https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000308767
